童貞気質←→ヤンキー気質

経験的に童貞であることと童貞気質を持っている事は同じでない。童貞気質の根本にあるのは自分への自信のなさである。
結局自分、自分。話をする時も自意識から逃れられない。
相手に変だと思われたくない、つまらないヤツだと思われたくない、キモいなんて絶対思われたくない、という気持ちが余りに強いものだから、
人と接する際に強張った態度になりがちで、逆に相手に挙動不審感、(悪い意味での)真面目な人感、ディスコミュニケーション感を抱かせることとなる。
特に恋愛対象となる女性(ならない女性は除く)と話す際にその特徴は最大に発揮される。


一方、童貞気質同士や、自分基準で「どう思われてもいいや」と思う人、たとえば「コイツには勝ってる」と思える人とは普通以上にしゃべる。
世に言う「オタク」の特徴を自分は、趣味の話や自分自身のこと、すなわち己の興味の対象となることになると途端に能弁になるが、
それ以外の事物には全く反応自体示さない、と捉えているのだけれども、
この対人ストライクゾーンの狭さが童貞気質とオタクが結構かぶることに関係があると思う。
オタクとして完成してしまっている人は、最近は世間からの承認も出ているし自分に一縷の疑いも持っていないのだろうが、
オタクなりかけ、オタク界のクリボーorノコノコみたいな中途半端な存在の人(これが多数派だろう)はやはり自分に自信がない童貞気質を多少は抱えている。


ヤンキー気質、というのはそれとは正反対、自分自身への自信、あるいは自分自身が自分自身であることをまったく疑わない気質のことだ。
たとえばファミレスや居酒屋で「俺は客だよ?客。何やったっていいんだよ金払ってるんだから」という態度を露骨にするタイプ。
通常の神経を持った人であれば、アルバイト店員に「君らも大変だよね」と思ったりするとか、彼らを一応人間として認識するものであるが、
ヤンキー気質が強い人になると店員の絶対服従を暗に要求、それが叶えられないと分かると暴力に訴えたりし、席での態度も酷いものだ。


ヤンチャぶりを男らしさ、強さと錯覚するのか、あるいはストレートに性欲を示すことがウケるのか、ヤンキー男は大抵女を連れていて、
まぁその女も大抵は「うわぁ」って感じの体臭フレグランス、小奇麗を目指しながらもなりきれない服装など全体的に下品、
笑っていることを他に示したいような笑いだねお前のはっていう高い声でのバカ笑いも交えつつ、
っていうか、みんな似たような類型的な感じ、ヤン男の飾りのひとつ、に納まりかえってる感じがするんだけど、
どんな女だろうがマンコっつーか女性器が付いているわけだし男とは根本的につくりが違っているから、
そういう存在と親密になっているという事実自体は童貞気質の者にとってクリティカルだ。


両者は全く違う生活態度をしているが、過剰な自意識を抱えているという点で同一ベクトルにあり、
それのプラス、マイナスの表出が童貞でありヤンキーなのだ。
前に出ようとするのがヤンキーで、一歩を踏み出すのにも努力が必要なのが童貞。
タトゥーを入れる、砲弾マフラーをAT車に装着する、犬のワッペンが付いたジャージを着るなど虚栄心の強いのがヤンキーで、
人に話し掛けるのにもいちいち決意や強張りをする、さらに卑屈になる、外出するのにもちょっと気を張る、
女性と話す時には先の先まで考えてしまって結局何も出来なくなるなど、他人の承認への飢えが凄く強いのが童貞だ。


女の子のちょっとした親切や笑顔に意味を感じ、
本当は何の他意もないというのに「ひょっとして好かれているんじゃないか?」などと妄想を膨らませるのも童貞気質の得意技だ。
もちろん多かれ少なかれそういう面は誰にもある。程度の問題である。
同性を相手にしても、親切をされたり笑顔を見て、それだけをもって承認された、認められたと早とちりし世間の厳しさを知ることもある。
まぁこういうのは自分の体験談っていうか、滔々と書いてきた童貞気質ってのはかなり俺自身のことなんだけど、
つい先日も勘違いな事例が発生したのでメモしておく。


簡単に言うと、俺は天下の女子高生様に一目惚れをされた、と勘違いしたのである。
その日ジャンバラヤ動物園は金曜日ということでそれなりの混雑、特に海外からの客が多く、アジア顔だから日本人かと思ったら何だよ英語かよ、
みたいな具合に通路という通路がアジア人で埋まっていたのだが、そいつらの波がちょっと収まってきた頃に県内の高校から遠足、
ってのもガキくせぇから何て言うのか、学年を挙げての遠出、をしてきたフレッシュな高校生どもの一部が数十人規模でやってきた。
俺は入り口を入って右側のブースに一人で座ってつまんねぇ、大声を出したりダンスして遊びたいなぁなんて思いながら、
でもブースの日は仲間もいないし、何より中がクソ狭くって脚を組むことも出来ないぐらいの悪環境なもんで
ブスッとしてたまにボソボソ御案内の文句を呟いたりしてたんだけど、
出納帳にメモ書きをして顔を上げたら、そこに4人のたぶんティーンエイジャーっぽいのがブースを囲うようにして立っていて、俺を見下ろしていた。
そして中の一人が藪から棒に「ねーねー時給いくら?」と発した。
私服で4人連れということで高校生かどうかも判然としなかったが、マニュアルどおりに「時給って何のこと?」と返した俺に、
少し時間を置いて彼女らはよく分からないが盛り上がり、自分に対してかなり上からものを言い始めたのである。


これくらいの年齢のやつは集まっても会話に秩序というものがあまりなく、思ったことをドンドン言葉にしてこちらに向けてくる。
俺はちょっとした聖徳太子状態で4人の話をひとつひとつ返していくことになった。


「俺はここで物品を売って生計を立てているのだよ」
「写メールやめてください」
「だから時給って何だよ」
「だからカメラはやめれよ」
「バイト?それは何?」
「誰が桑マンに似てるんだよ」
「うわ撮りやがった、何に使うつもりだ」
「桑マンて何だよ連れて来い」
「だから〜時給って何ですか」
「あ、あれが桑マンか、ってどこが?」


というような具合で、(自分はテーマパークに住む住民の役をやっているので)時給など発生しないのだよ、という話を基調に、
桑マンに似てるなどの中傷(どうも聞き違いだったらしい、クラスメートの何とかクンだそうだ)や人権侵害も甚だしい写メールでの無許可撮影にも耐え、
なんでこいつらはこんなに偉そうっていうかタメ口だわ虚仮にされてるわでムカつくから客として接するのをやめ、
いち二十一歳男性として彼女らと渡り合ってやることにし、その結果ブース周辺は同級生らも取り巻く異様な状況に陥ったのである。
話を聞くと高校一年生つまり十五歳または十六歳であることが分かったのだが彼ら彼女らはしかし、大変なオシャレさんで、
しかも垢抜けなさの欠片もない好青年であった。
それまで暇していたこともあって普通に世間話などをして、やはり大人数だと笑いのハードルが低くなる、
それなりに笑顔のある場となってまぁ楽しかったのだが、取り巻き部が去った後も例の四人は残って何だかうだうだしている。
無理やりにインスタントカメラで一人一人とツーショット写真を撮らされ、もうちょい近くに顔を持って来いと命令され従ったりした。
しかも笑いだけでなく「友達」のハードルも低いらしく、いつの間にか友達になったことにされてしまい、
「彼女いんの?」とか「実際は何歳なの?」などのごくプライベートな質問をしてくる。
「いたらいいんだけどね」「二十一歳です」と、もうどうでもよくなって真面目に返事をしていた。そしたらば。


俺はこのカオスの中で気付いてしまったのだ。中の一人が俺に一目惚れに近い感情を抱いているらしいことに。
正面に立ち、一番よく喋り、俺をいじる回数も最も多く、いきなりセルラーフォンの内蔵カメラで撮影してきた女であった。
露出度の低いタンクトップのようなものを着ていて、明るく元気な優良児みたいな印象を受けたけれど、
小・中と一緒だった幼なじみ(男)を思い出させる顔をしていた。
インスタントカメラで撮影しようと言ったのも彼女だし、もっと近くでと言ったのも彼女であった。


そろそろ行かないと、という感じに連れの三人がなってきたのを察したのか聞いてもいないのに学校名とクラスと下の名前を言ってきた。
ふ〜ん、カナメちゃんっていうの。でそれを聞いた俺はどうしたらええの?聞いても答えない。
またセルラーの内蔵カメラをこちらに向けて。
俺は彼女らが来て以来ずっと無表情、困惑顔、薄い笑顔などで通してきたが、ここで笑わしてやれと思って、顔の筋肉に力を込め破顔一笑
これ本当に平和の象徴?人差し指と中指のみをピンと立てるピースサインをしかも両手でつくり顔の横に並べるという特濃のパフォーマンスをした。
「いいよ!今までで一番いい!」と爆笑をもらったので俺は満足して「じゃあもう帰れ」と言ったのだけれども、
出来上がりの画像を見せてもらって顔から火が出るほど恥ずかしい気持ちになった。
恥ずかしさと珍妙さに耐える系の爆笑をしている俺に「待ち受けにしようっと」という声が降ってきて、
設定を終えた画面を見てまた爆笑している彼女らを見て少し冷静になることができ、じゃあね〜バイバイ、したのであるが、
集団でのバイバイの後、彼女だけが少し身体を残すような感じで一人で「じゃあね」とわざわざ言ったのを聞いて予感は確信に変わったのである。


なんだかよく分からないが遠くから自分を見たその彼女は一目見て気に入り、連れにうまいこと言ってブースまで来て、
自分とのコミュニケーションを図ったのだろう。


童貞(気質者)の考察は以上だ。
その後彼女とは一度も会っていない。