リアル「ドーベルマン刑事」の世界

公務員の違法行為に関する補償について、有名な「外形標準説」というのがあります。
【事案】 警察官が非番の日に制服制帽を着用の上、職務執行を装って通行人を呼び止め、現金などを取り上げたのち同人を射殺した。この行為が国家賠償法1条にいう「職務を行うについて」に該当するか否かが争われた。
【判旨】 1.国家賠償法1条は、公務員が主観的に権限行使の意図をもって職務を行う場合にのみ適用されるわけではない。
2.同条の立法趣旨は、自己の利を図る行為であったとしても、公務員が客観的に職務執行の外形を備える行為をし、これによって他人に損害を加えた場合には、国または公共団体に損害賠償の責任を負わせて、広く国民の権利を保護することにあるものと解するべきである。(最判・昭和31年11月30日)


要するに休みの日でも制服を着て犯罪をすれば公務員の犯罪として国または公共団体に補償を要求できるという内容です。しかし、この事案は酷いですね。ここだけは読んでていつも「この被害者の人は踏んだり蹴ったりだなぁ」と彼の哀れさに心を打たれます。「踏んだり蹴ったり」の使い方がおかしい気もしますが、彼が天に昇る日のことを事実関係だけ抜き出してみましょう。

0.街を普通に歩いていた
1.警察官に呼び止められる
2.なぜか警察官に金を出せと言われる
3.しょうがないから金を出す
4.なのに射殺された

やはり一番胸を締め付けられるのは「4.なのに射殺された」のところでしょう。被害者はおかしいと思いながらもその場を逃れたい一心で金を出したとか、そういう事情があったのだと思う。
しかし犯人は解放するどころか射殺。撃たれる瞬間、心の中で「マイガッ!(Oh! My God!)」と叫んだと思います。鬼畜としかいいようがない。
このストーリィ、そして事件のあった年代を頭の中に入れたとき、自然と思い浮かぶのは「ドーベルマン刑事」のことです。警察官の犯罪ばかりを描いた作品ではありませんが、描かれる事件の救いのなさでいったらいい勝負です。
この事案のような事件があるから、警察に対する国民の不信(というか、言葉にしにくいマイナスの思い)というのは消えることはないのでしょうね。
都知事はやっぱり美濃部さん、秦野はやっぱり警察官」なんて、知識でしか知りませんが、昔から警察は市井の人々の差別の対象になっている。なぜなんでしょう。これ考えるだけで本が1冊以上書けるくらいのネタですが。

ドーベルマン刑事 1 (集英社文庫(コミック版))

ドーベルマン刑事 1 (集英社文庫(コミック版))